戦略思考

戦略思考 · 2018/07/17
慶応4年7月17日(1868年9月3日)、明治天皇の詔勅により江戸が東京(とうけい)と改称されました。 王政復古の大号令により天皇を中心とした政治体制とし、これまでとは全く違った世の中にしていくことを庶民に知らしめる手段として、都を移すことが検討されました。 当初は、大阪(大坂)が新しい都の候補地として挙げられていました。海外との往来 が増えていくことを考えると、内陸にある京都よりも大阪湾に近い大阪が適している と考えたようです。 大阪への遷都に対して、薩摩藩で蘭学教師をしていた前島密は江戸遷都論という建白書を大久保利通に提出しました。前島密が言うには、すでに大阪は商業の都市として繁栄しているが、今でこそ世界的にみても大都市となっている江戸は、帝都としての機能がなくなれば人は離れていき、廃れてしまうだろうとのことでした。 また、東京は大阪に比べて土地も広く、各省庁を設置するにしても旧大名屋敷を活用することができるため、無駄が生じないということも東京を推す理由になっていました。